テレビで火事のニュース。
ああ、あれでは助からなかったな、とか。
それが、キッカケだったかしら。
小学校のときのことを思い出しました。
私が小学校2、3年生くらいだったかしら。
いつものように学校に行くと、火事があったという。
うちの近所のアパートが燃えた。昭和30年代後半。
冬だった。何でもストーブの火の不始末とか。
当時はアパートといえば木造。そして戦後の建物。
そこには何世帯も、そして大勢住んでいました。子沢山の時代。
最近でも老人ばかりがギシギシに詰め込んで暮らしていたアパートが火災になってテレビのニュースになりましたが、当時のアパートも貧乏子沢山。何人もの人が焼け死んだそうです。
しばらくたって、わかりました。
実は私の小学校のクラスにも何人かそこの住人の子供がいました。お母さんをなくした子供。
兄弟何人かなくした子供。など。私はそのときはのほほーんと暮らしている子供だったので、気づかなかったのですが、同級生は男の子でしたが、その後も本当に貧しい暮らしをしていたようです。
一人の男の子は、友達? お金持ちの子とよく一緒に遊んでいたようです。お父さんは昼は仕事でいない。髪の毛、伸びていたんでしょうか、見るに見かねた友達のお母さんが、床屋に連れてったりしたようで。ご飯を食べさせたりと。そんな断片的なエピソードが思い出されたり。。
もう一人の男の子とは付き合いがなかったので、どうなったかは知りませんが、体が一番小さく、駆け足も遅く。。。いつもサンダルだったような記憶が。なんか本当に貧乏だったようで。
そういえば、同級生には、母親が男を作って逃げた、お店をやってるお婆さんが代わりに育てている、そんな女の子も居ました。なぜかそんなことが聞こえて来るのですから。私が住んでたとこ、とことん下町だったんでしょうねえ。
お兄さんが身障者でいっしょにいましたが、子供は当時から残酷なことも口にするので、お兄さんの悪口を言うとその女の子が怒って向かって行く、ということも聞いたことがあります。お転婆だけど正義感のある明るい女の子でした。
みんな、ちゃんと大人になったんでしょうか。。私は中学から通う学校が地元を離れてしまったので、近所の様子は、もう耳に入りませんでした。
あれから60年。いまじゃ、私だって、お腹もでっぷりとしてご立派な老人です。
同窓会をやるべき立場にあったのは、私らしいのですが、地元にいませんので。。。。
やらなきゃだめかしらん。。。
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