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旅の思い出 アンカレッジ経由






 その昔、欧州旅行に出かけた人は必ずといって良いくらいアンカレッジ経由でした。北極圏を飛ぶ航路で、日本から欧州へ行くには、シベリア上空が飛べなかった頃、給油のために立ち寄るのが米国アンカレッジ空港でした。

日本航空JALは、1991年10月に廃止したそうです。たぶん、他の会社も同じ時期かと思います。

 我が家がはじめて欧州に向かったのは1984年。エールフランスで行きましたが、機内で配られた冊子「フランスの味わい方 AIR FRANCE」にその航路がでていました。

B41北極航路2017-06-04
フランスの味わい方 AIR FRANCE, 1984の航空路図

 AF273便、ボーイングB747。成田21時発、6時間30分、アンカレッジ、1時間給油、9時間10分、パリシャルルドゴール着、「17時間足らずで」。

 モスクワ経由がこのときあったなんて、今はじめてそんなことを知ったのですが、けれど日曜日のみ飛んでいたらしい。それでも14時間かかったそうです。今では、モスクワ経由する必要もなくダイレクトで12時間くらいとなりました。

アンカレッジで給油する。
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アンカレッジは午前11時くらいだったような記憶があります。妻は空港で働く友人と再会。私の写真の腕前からして、当然、ヒコーキだけがちゃんと写りました。私たちは午前3時なのでとても眠いのです。
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さて、1年後1985年、に今度はKLMで帰国の途に。グルーンランドの山々?
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そして、アンカレッジに到着。風邪をひきかけていて、着陸寸前、耳が痛かった記憶がよみがえりました。
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帰りは、妻の友人からアラスカで取れた魚を土産にもたされました。

以後、何度もアラスカに行った(寄った)ような記憶があったのですが、調べてみると、欧州への行き来は2回半。「半」は行きがアンカレッジ、帰りがモスクワ経由だったので。都合、たった5回しか訪ねていないことがわかりました。それ以後は直行便になってしまいました。

記憶はあてにならないですね。

何度も行った記憶の根底には、毎度17時間も缶詰で、心底くたびれたということなのでしょう。

B41-87y2017-06-02.png

1987年
B41-90y2017-06-02.png

1990年

アンカレッジの待合室では、いつも同じタペストリーの前で記念写真を撮りました。懐かしい思い出です。
公開のため人影はマスクしました。悪しからず。

B41タペ2017-06-02

1984年、1985年の写真は1眼レフ、1987年と1990年の写真は、ともにハーフサイズのカメラによる撮影でした。パソコンに取り込んでからみる画像は、懐かしさも倍増。

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プロフィール

ぺんしょなーまん

Author:ぺんしょなーまん
 さらりーまん定年退職後、再雇用5年続けるも目出度くそれも卒業、晴れて無職、完全年金生活者に。地方在住。現役中に妻を亡くし家計簿をつけ財政を完全掌握、年金だけで暮らせることを確信。うん、うちも一流の中流だな。老後は独居老人かと思いきや我が子が社会人になり再び同居。炊事洗濯家事親父の専業主夫業のわなにハマるが、そのかたわらネットでどんぶらこと世界に漕ぎ出し、また年数回の海外旅行で家から逃げ出す。(まるで主婦じゃないか?)
(注)プロフィール画像は私の顔ではありません。東京駅八重洲口地下の「八重洲」の語源ヤンヨーステン(オランダ人)の像を何年か前に撮影したものを使用。

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