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フランス旅行(3) アルル、ポンデュガール、リヨン







 観光2日目。7時起床、7時朝食、9時アヴィニヨンを出発して、アルルへ。

4. アルル
 名前だけは聞いたことある地名。私が中学生の時、初めて買ったレコードは、ビゼーのアルルの女。挿絵はこれだったかな。
B461-1アルル2018-11-26

iPhoneの情報でCanal de Navigation d’Arles a Port de Boucとありました。

バスが止まったのは、農道の細道。
添乗員は、バスの運転手さんが、絶景の場所で止めてくれたと言います。ふーん。

さすが、ゴッホが描いた跳ね橋は、明るい。
今の時代に残っている実物の一つがこれなんだが、雨降りのような天気だし、それに少し老朽化も進んで、暗いね。
B461-2アルル2018-11-26

これなら、まだオランダアムステルダムの跳ね橋の方が綺麗だな。。。

こうしてアルルの街に入って行きますと。
観光案内で有名な、ローマ時代の「古代」劇場。
B461-3アルル2018-11-26

例によって、入場料も払わずに塀の周りを巡ります。
B461-4アルル2018-11-26

いくら見えるからといっても、中に入って見たいじゃないですか。
個人観光客が中に一人いました。
写真は、塀の柵の隙間からカメラを突き出して撮ったもの。
カメラ落としたら一巻の終わりですね。

当然、歴史的背景などは、説明なし。。。。

今調べてみると、ローマ時代、前1世紀に建てられたようで。今でもコンサートやオペラに利用されるそうで。入場券は円形競技場と組みで9ユーロだそうだ。ケチケチ旅行だね。

ついで歩いて、円形競技場へ。

B461-5アルル2018-11-26

3枚組の説明の看板がありました。写真にとって後で読むことに。
B461-7アルル2018-11-26

添乗員さんの円形競技場の説明は何かあったけど忘れました。。。

どうやらアルルの古代遺産の修復までが描かれているようで。
前1世紀に建設され、。。。

おお、2枚目の看板にはフランスでスペインの闘牛が1850代にはじまったなどと書かれています。ここで闘牛も行われたようで。。。英語も書いてあります。

添乗員さん、看板を目の前にして説明してくれたらもっと良かったのにね。

アルル観光はローマ時代の遺跡が目玉かと思いきや、、、

アルルは画家、キチガイ、ゴッホが活動した場所でもあったのです。
B461-6アルル2018-11-26

ゴーギャンとの生活や弟の仕送りなど、このへんは、添乗員さんが説明してくれました。

ゴッホの描いた「夜のカフェ」の店。。
黄色く塗られていました。。

さて、すこし進むとオベリスクが。。。。
B461-8アルル 2018-11-26

こりゃあ、なんだ??

オベリスクといえば、エジプト。この間、見てきたばかり。
なぜ、こんなところに?添乗員さんは、「川で発見され、ここに建てた」とだけ説明しました。

ローマ時代のものだが、調べてみると、ヒエログラフ(エジプト絵文字)が描かれていないので「ローマの模倣」とする説が有力なのだそうです。石はエジプトかトルコから運ばれてきた「赤色花崗岩」。

ふーん。わざわざ、パリのコンコルド広場に運ばせた時代もあったけれど、それよりはるかローマ時代、当時の欧州にもあったのね。。。不思議。

円形競技場にオベリスクが建てられた事例があるそうです。「オベリスクは倒壊したようです。再発見の経緯についても諸説あり、1389年に付近の溝から2つに折れたオベリスクが見つかったという説や、15世紀後半~16世紀前半の頃に見つかったという説、年代は不明ながらローヌ川から回収されたという説まであります。」
アルルのオベリスク
http://www.obelisks.org/arles_j.htm

と書かれているように、川から回収されたという説はマイナーなようで、実際は、いつのころからか、そこにあった、が正しいようで。

この広場に面した教会も案内されたけれど、ふーん。今調べてみたら、「世界遺産のサントロフィーム教会(Cathédrale Saint-Trophime)」だったんだそうで。

つぎにゴッホが耳を切り落として入院した病院跡へ。

何んでそんな病院へ行くの?

訳がわかかぬままついていくと、入院中に描いた絵の場所がそこだからなんだそうです。
B461-9アルル 2018-11-26

確かに絵と同じ庭なんですね。

1階には売店がありました。カレンダーや絵葉書を売っています。
こんなにゆるゆるの工程ならば、競技場や劇場によってもよかったよな。

5. ポンデュガール 水道橋

さて、アルルからリヨンに行く途中に、ローマ時代の遺跡、水道橋がありました。

ここは、さすが、入場料を払って入りました。公園のようになっています。
例によって、どこから眺めると良いという話はあっても、歴史的な話や解説は特になし。

B461-10ポン2018-11-26

B461-11ポン2018-11-26

Wikipedia(日本語)によれば、同様のローマ時代の水道橋はスペインのセゴビア、トルコのイスタンブールにも見られる。そうだ。

しかし、私はカタローニャのタラゴナで見てきました。(渡ってきました)

ここでは、下の道を歩くのみとなっていました。

B461-12ポン2018-11-26

技術や歴史などはWikipedia(日本語翻訳版)をみると面白いことがいろいろ書かれていた。

残っている水道橋のなかでも保存状態が良いこと。4世紀に保守されなくなって水は流れなくなったが、橋はちゃんと残ったこと、後世の人間(王)が無理な改造をして破損させたが、その後、修復されたこと、など。

そうなんだー。帰国してから知りました。

リヨンに向かう高速道路沿いで、トリカスタン原子力発電所を横切りました。
B461-13ポン2018-11-26

24年前にここを訪れたことがあります。

6. リヨンの夜景
夕暮れのリヨンに着きました。
丘の上にバスで上がると、そこには教会が。ノートルダム大聖堂。
そして、リヨン市街を見下ろす絶景ポイントだそうです。
B461-14リヨン2018-11-26

教会はごく新しいのですが、絶景ポイントだけがみそ。観光向け。
B461-15リヨン2018-11-26

確かに綺麗なんですが、じっくり眺める余裕はありません。


旅程には「世界遺産 リヨン歴史地区観光」となっています。うん???

WIKIpediaをみると、リヨン歴史地区とは、リヨン旧市街、フルヴィエールの丘、テロー広場、クロワ・ルースの4つがあげられているが、確かに夜景を見に来たのは、「フルヴィエールの丘」ではある。

しかし、この丘には、頂上にはフルヴィエール大聖堂があり、その近くにはフランス国内では最大規模の『古代ローマ劇場遺跡』があるのだそうで。うう?古代ローマ劇場遺跡??

みてない!

という具合。。。このツアーでは、この教会と夜景だけです。教会は正式名称はノートルダム・ド・フルヴィエール・バジリカ聖堂だそうで。明治時代にできたもの。

その後、レストランで夕食をとり、リヨンのホテルに宿泊しました。こうして2日目の観光も終わりました。

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プロフィール

ぺんしょなーまん

Author:ぺんしょなーまん
 さらりーまん定年退職後、再雇用5年続けるも目出度くそれも卒業、晴れて無職、完全年金生活者に。地方在住。現役中に妻を亡くし家計簿をつけ財政を完全掌握、年金だけで暮らせることを確信。うん、うちも一流の中流だな。老後は独居老人かと思いきや我が子が社会人になり再び同居。炊事洗濯家事親父の専業主夫業のわなにハマるが、そのかたわらネットでどんぶらこと世界に漕ぎ出し、また年数回の海外旅行で家から逃げ出す。(まるで主婦じゃないか?)
(注)プロフィール画像は私の顔ではありません。東京駅八重洲口地下の「八重洲」の語源ヤンヨーステン(オランダ人)の像を何年か前に撮影したものを使用。

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