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卒業式 さらば職場よ







 1980年26歳の年に働き始めた私ですが、ついに年貢を収めました。65歳年度末。
 数えてみたら39年でした。

 昨日は、最後の出勤日でした。
 いつものように8時頃我が家を出て、車でいつもの道を。もうこれで最後なんだな。

 職場の駐車場もいつもの混みよう。
 桜はまだほとんど芽の状態。八重桜が多いですし。うちの職場5月の連休の頃が見頃なんです。

 車を降りて建物に向かって歩く頃、始業を知らせるチャイムの音がキンコンカーン。
 朝のミーティングはすでに始まっています。不良嘱託非常勤の私は大抵遅刻。いつものことです。

今日は退職される方2名、4月から役所に出向される方1名、他の部署に移動する人1名、とか、嘱託職員でも多部署から来ていたお助けマンは2年の年季が明けて本務に帰って行く人1名、

そして私、嘱託非常勤年期明けで終了1名、とか紹介され、ミーティング終了しました。昔はこんなミーティングも無かったのですが、ここ数年始まっています。時代は変わったのかな。

 午前は、私の現在の仕事とは全く無関係のところに出向いて、会議。えっ?退職間際で会議?そうなんです。他部署の若者が技術的難題を抱え困っているそうです。かつて私がやって来た仕事に関連して、昔の職場の後輩が相談を持ちかけられ、私が呼ばれました。

相談だけならと気軽に応じたのですが、来年度はお金をかけて準備し、実験までやりたいとか。今後の彼の仕事に、老獪の知恵が必要なんだそうです。ふーん?とか聞いていましたが、また次回という話が出ました。

 「次回はもう無いよ」というと、いやいやまたぜひ来てもらいたい、とか言い出します。私の会社、柵で囲まれていて、部外者が入るには大層面倒な手続きが必要なんです。また、彼は私の給料の事なんかてんで考えていないですし。

やれやれ、タダ働きです。でも、打ち合わせだけなら、何も柵の外でもいいじゃない、というと、じゃあ、次回は外の喫茶店で打ち合わせをしましょうという。

 本当の退職の間際になって、私がこの会社に就職した38年前もこんなことがやりたかったんだよな、と思い出しました。まあ、いいか。。付き合ってあげるか。。。暇だし。。。

 昼は食堂で最後のご飯。今まで給料天引きでランチが食べられたのですが、退職者は給与天引きができないので1ヶ月前からICカードが使えない、ご飯は現金払いとなります。ケチだな。。。

 午後は、いよいよ、退職手続き。と言っても大方済んでいます。
 健康保険証はとっくに国保になっているし。

 車両通行証、許可証などは、その専門部署に行って返却。これが無いと車で会社の柵の中に入れない、けれども、一旦入ってしまえば、返却しても大丈夫なんだそうで。。。出るときは「顔パス」で。

 次に支給されていた作業着兼制服の返却。そして、ICチップの付いた食券兼用の身分証明書の返却です。返却するたびにその担当のハンコをもらって行きます。最後に、その紙も人事担当に渡しておしまい。

担当のお姉さんはよくみると、私の職場にもいたことのあるアルバイトのお姉さんでした。「こんなところにいたんですか、久しぶり、今日で私もおしまいです」、などとあいさつ。

 晴れて、何もすることがなくなりました。他の定年退職者と共にセクション内の各職場に挨拶回りをしました。5年前の退職の時にはそんなことしませんでしたっけ。。。そのときは、翌日からも平然と元の席に座りいつものように仕事をしましたので。

 職場に戻ると、4時半まで帰らないでください、と言われます。
 何か催し物があるようで。

 時間になってわかったことは、職場からの花束贈呈でした。
 セクションの長が、一人一人、花束を渡してくれました。

B549-1花2019-03-30

 実は私は5年前にも花束をもらいました。我が職場の風習では、再雇用を終えた嘱託には、一人寂しく消えて行く、花束なんぞ送らない、受け取らないという(ここ数年の)伝統があったように記憶していたので、もう無いものと思っていました。なぜか私の分まで花束が用意してあり、実に感激でした。。。

 私は一言ご挨拶、「皆さん、おせわになりました。私は、明日から毎日が日曜日になります。遊んで暮らします。皆さんはこれからも仕事頑張ってね。」と言いたい放題です。

 皆で建物の玄関先で記念撮影をして、お別れしました。
 夕暮れが来る前に一足先に車に乗って、ゲートをくぐります。いつものように警備員さんに敬礼?顔パスで。完全に、オ ワ タ。

懐かしい風景とも、今日でおさらば。ばいばいよ。

3.11のときに段差ができた国道も、今では跡形もなく修復されています。我が家の犬が危篤状態で急いで家路に向かったときにスピード違反で捕まった苦い思い出のあるこの道路ともおさらばです。

 こうして、私の39年の卒業式が終わりました。明日からは(正確には4月1日から)無職の始まります。

B549-2花2019-03-30

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コメント

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Re: No title

コメントありがとうございます。
最後に舞い込んできた仕事は、まさに私の原点に帰るテーマでしたので、こんなこともあるのかといまでは思っています。
大学時代の恩師は70歳まで教鞭をとられたのですが、私は早く逃げ出したくて65歳。辛抱が足りんと言われそうです。

仕事は前半は個人芸でとても楽しく、後半は組織に翻弄されてちょっと苦痛でしたが、職場自体はやりやすいようにやらせてもらいました。
悔いは、たーくさん残っていますが、終えることができてホッとしています。

次は、遊びに頑張ります。

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プロフィール

ぺんしょなーまん

Author:ぺんしょなーまん
 さらりーまん定年退職後、再雇用5年続けるも目出度くそれも卒業、晴れて無職、完全年金生活者に。地方在住。現役中に妻を亡くし家計簿をつけ財政を完全掌握、年金だけで暮らせることを確信。うん、うちも一流の中流だな。老後は独居老人かと思いきや我が子が社会人になり再び同居。炊事洗濯家事親父の専業主夫業のわなにハマるが、そのかたわらネットでどんぶらこと世界に漕ぎ出し、また年数回の海外旅行で家から逃げ出す。(まるで主婦じゃないか?)
(注)プロフィール画像は私の顔ではありません。東京駅八重洲口地下の「八重洲」の語源ヤンヨーステン(オランダ人)の像を何年か前に撮影したものを使用。

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