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ジャワ島ジョグジャカルタの一日は長かったー朝3時からのプランバナン寺院とボロブドゥール遺跡






6/17(土)の晩

ジャカルタの「スカルノハッタ」国際空港に到着後、建物の外に出ると、ツアーの現地係員の迎えがありました。そうです、我がツアーは私を含めて5名のツアー(夫婦1組、兄弟1組、おひとりさま1名)で、添乗員はいません。

現地係員は半ズボン姿の日本人1名、現地人1名でした。出口は2箇所あり、左右に手分けしてプレートを持って待っていました。前回、乗り継ぎは「別の空港」と書きましたが、どうもそれは間違いで、外国航空会社がターミナル2、インドネシアガルーダ航空全便(国内、国際)がターミナル3、というのが正確な表現でした。

昨年2016年にガルーダの全便が新設のターミナル3に引っ越したため、JAL便は自動車の移動が必要になったようです。(今後スカイチーム各社も移転予定だそうです、きっとJAL、ANAは取り残される)。

ターミナル間の移動は他の空港なら空港バス利用のはずですが、日本のツアー会社は、右も左もわからぬツアー客用にわざわざ自動車を手配している、ということのようでした。

今回は、JALの遅延のため乗り継ぎ便が無くなっているので、現地係員から変更になった国内線のE-ticketをもらいました。あらかじめ遅延がわかっていたのですが、成田ではなくジャカルタで受け取りとなりました。

さて、これが予期せぬジャカルタでの宿泊のため、ターミナル3への移動ではなく市内のホテルに向かいました。夜の9時をまわった市内は車やバイクでひしめき合っていました。ホテルに到着後チェックインして部屋に入りました。

わずか5名でも、名前の取り違え、部屋の取り違えなどミスの連発。日本人現地係員は「基本バカだから」など失礼なお言葉を連発しておりましたが。部屋のカードを訂正してもらい、お迎えの現地係員は帰りました。

さて、部屋に行くと私の部屋はシングルベッド2つ、兄弟の部屋はダブル1つなどまだミスが解消されておらず四苦八苦。シャワーを浴びてから3時にモーニングコールを頼んで寝ました。

 ちょっと心もとないホテルスタッフで本当に大丈夫かなと少し心配しながらも。でも、ホテルスタッフのインドネシア人たちは皆若く、駆け出しながらも一生懸命仕事しているように見えました。

6/18(日)の朝
モーニングコールはちゃんと時間通りに鳴って目覚めました。チェックアウトしてからご飯に行こうとすると、昨晩の説明、朝ごはんは食堂と聞かされたのに、弁当がありました。ところが食堂は開いていました。うーん、こんなもんでしょう。

4時にはお迎えがきてスケジュール通り出発できました。再び「スカルノハッタ」空港の今度はターミナル3へ。

 空港施設入り口でツアー会社の現地係員に説明を受けたあと現地係員は施設には入れないのでそこで別れました。国内線の発券は自分でやらねばなりません。私が第1号で難なくジョクジャカルタ行きの券とジョクジャカルタからバリ島への搭乗券2枚をもらいました。

トランクを預けてタグを付ける際、「荷物はダイレクトにバリ島に送ります」といわれ思わず「はい」と言ってしまうと、荷物はあっという間にベルトコンベアーに進んでいってしまいました。

「しまった?」本当はジョクジャカルタで受け取った方がよかったのでは?と思い、脇の別のカウンターで手続きしていた同ツアーの人に尋ねると「ジョクジャカルタで受け取らないと、バリ島で混乱するよね」。

あわてて、航空会社のお姉さんに言うと「さっき、yesていったじゃない」と、文句を一言いわれましたが、それでも、「ジョクジャカルタ行き」に訂正してくれて、お姉さんはカウンターを閉めて荷物を追いかけていきました。ちょっと申し訳なかったかな。

ここでも、受け取りは大丈夫かな???と少し不安になりましたが、ちゃんと「ジョクジャカルタ」で受け取ることができました。やはりインドネシアの若者、あなどるべからず。

 インドネシア国内線は飲みかけのペットボトルなど持ち込みOKでした。暑い国は違います。

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ターミナル3で5時発ジョクジャカルタ行きを待つ間、館内放送ではコーランが鳴り響きました。4時半のお祈り?さずがムスリムの国。

ここで、コーヒーを飲みました。砂糖を入れてかき混ぜる。同行者は粉を入れていたからインスタントだよと言っていましたが、どうもコーヒー豆の粉でどろっとしたコーヒー、トルココーヒーのように上澄みを飲むコーヒーだったようです。

ネットで調べると日本ではバリコーヒーとして紹介されていますが、トルココーヒーは3回ほど煮立ててから飲むのに対してインドネシアのコーヒーはお湯の中に粉を入れてかき混ぜて1分ほどしてから上澄みを飲むようにできているのが違うようです。


ジョクジャカルタ
ヒコーキは暗いうちに出発。そして1時間ちょっとでジョクジャカルタに着きました。

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空港を出ると、また現地スタッフが待っています。今度は日本語ができる現地ガイド。自己流で日本語を勉強したそうです。ダジャレもうまかった。

インドネシアは日本と同じように1万何千の島国、そして火山の国であり、また地震の国、人も2億5千万住んでいて、米を食っていて、魚もよく食べ、とても馴染みのある国と思いました。自動車も右ハンドルには驚きました。違う点はイスラムであること、米が年に4回も取れること。

プランバナン寺院
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はじめに世界遺産プランバナン寺院へ。今はイスラムの国になっていますが、9世紀当時はヒンドゥー教が支配的でそのときの王様のお寺で、インドネシアではヒンドゥー教最大級の遺跡だそうです。

昨年にアンコールワットを訪ねていろいろな遺跡を見てきたので、その文化がインドネシアジャワ島まで伝わったと聞いて、今回はぜひここも見てみたいと思っていました。レリーフもありました。

この石造りの遺跡は特に16世紀の地震でほとんど倒壊したのを20世紀に修復したそうです。ここもそうですが、壊れた遺跡は絶えずメンテナンスが必要。常にどこかで修復をしています。ここは2006年にマグニチュード5.6の地震があり、被害を受けましたが、それを今でも修復しているそうです。日本も修復に役立っています。

ボロブドゥール遺跡
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今度は、もうひとつの仏教の世界遺産ボロブドゥール遺跡へといきました。ヒンドゥーより1世紀ほど早い8世紀の遺跡ですが建物ではなく内部構造がないので仏教の「モニュメント」といわれていると説明がありました。

ボロブドゥールでは我がツアーのガイドは、地元条例により、ガイドが禁止され、ボロブドゥール専属ガイドのみ案内できる仕組みになっているそうです。このガイドも日本語ペラペラです。

ここでも、遺跡発見時からの修復や、その後も大がかりな修復がありました。1984年に修復が完成し大統領が「国民的宗教財産」と演説すると、翌1985年に大統領の演説に怒ったイスラムゲリラがストゥーパ(仏塔)72基のうち9箇所(写真の赤い点)を爆破した、など説明がありました。大がかりな爆破じゃなくてよかったですね。
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さて、えっちらおっちら、階段を登りました。
ストゥーパ(仏塔)は釣鐘状の構築物で格子があり中に仏像の石像が収められています。しかし、独立戦争時の混乱に乗じて首を盗まれたものもあるそうです。その後幾つかは元に戻され、修復も行われました。

写真はストゥーパ(仏塔)が観光用に幾つかが開けられ、中の仏像が見えるようになっているものです。
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仏教徒は最上階で3周して願い事をすると叶うとされ、私たちは仏教徒かと問われて、??一呼吸おいてからそうだと答えると、3周させられました。私たち日本人が祈るとすれば、家内安全、学業成就、など、。。。いつも同じ内容です。これは仏教だったのか、神道だったのか、考えると分からなくなりますが。

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ここでは毎年仏教徒が年に1度の巡礼を行っているそうです。インドネシア人のわずか0.4%の仏教徒とはいえ、100万人いるわけですから。ちなみにツアーの現地ガイドは「敬虔でない」キリスト教徒だそうです。

ここを終わって、レストランで昼食となりました。ジャワ料理を食べました。それなりに美味しかったです。喉がかわいていたけれどビールは品切れでした。コーラで代用しました。

先行して食べていた日本人グループは飲んでいましたので、ちょっと遅かったか。いまはイスラムはラマダンの時期ですので、多くの人は断食をしており、仕入れも滞っていたのかもしれません。

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つづく

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プロフィール

ぺんしょなーまん

Author:ぺんしょなーまん
 さらりーまん定年退職後、再雇用5年続けるも目出度くそれも卒業、晴れて無職、完全年金生活者に。地方在住。現役中に妻を亡くし家計簿をつけ財政を完全掌握、年金だけで暮らせることを確信。うん、うちも一流の中流だな。老後は独居老人かと思いきや我が子が社会人になり再び同居。炊事洗濯家事親父の専業主夫業のわなにハマるが、そのかたわらネットでどんぶらこと世界に漕ぎ出し、また年数回の海外旅行で家から逃げ出す。(まるで主婦じゃないか?)
(注)プロフィール画像は私の顔ではありません。東京駅八重洲口地下の「八重洲」の語源ヤンヨーステン(オランダ人)の像を何年か前に撮影したものを使用。

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